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3名の子どもたち成長と同時に歩んできたPTA、今晩の総会で、会長を後任に譲り卒業します。 軽い気持ちで、小学校の環境整備部長を受けてしまった時から、10年のかかわりです。
10年前に比べても、PTAに積極的に参加する保護者は、ずいぶん減ったと感じています。社会的に沖縄は、共働きが多く、夜の会合に参加できないという事情はわかります。
しかし、親が子どもたちの状況に関心を持ち続けて、問題意識を持つことは、非行防止につながり、学力向上にも繋がると思います。
沖縄は全国一夜間補導件数が多く、夜型社会で大人が夜中まで飲み歩いていることが、子どもたちの深夜徘徊の罪悪感を薄くしているのではないでしょうか。
地域に住む住民としての責任は、今後も果たして生きたいと思っています。
大したことはできませんでしたが、人生の中でまた一つ、区切りを迎えました。
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2011年度石田中学校入学式PTA会長あいさつ我如古一郎.pdf
4月8日、石田中学校の第46回入学式があり、PTA会長の祝辞を述べてきました。
卒業式・入学式はどうも、苦手です。
自分の子どもたちの姿と思い出が交錯し、つい涙目になってしまいます。
今回も、大震災で入学式も普通にできない東北地域の子どもたちのことに触れ、復興の担い手になれる人間として、成長をしてほしいと、言った後に詰まってしまいました。
おそらく、PTA会長としての、最後のあいさつになるでしょう。
5月の総会まではまだ仕事がありますが、長女の小学校から次女の中学校卒業まで、3名の子どもたちの成長と一緒に、足掛け10数年のPTAとの関わりも、いよいよ残り僅かになりました。
あいさつは、常に心をこめて、事前に何回も書き直して、少しでも聞く人の心に伝わるように考えてきたつもりです。
今まで公開しませんでしたが、最後なので、今回の入学式祝辞の全文を載せておきます。
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3月11日、3番目の子、次女がこの日、石田中学校の卒業式を迎えた。
ついこの間、中学生になったと思ったら、もう高校受験。早いものです。
私はといえば、このような感慨にひたる余裕もなく、PTA会長のあいさつをしっかりこなすために、がんばりました。
せっかく、あいさつするのだから、一人でもいいから、感銘を受けてくれるあいさつをしたい。3日前からそのことが頭から離れず、ようやく開放されました。
15日の高校合格発表を経て、新たな未来に羽ばたく子どもたちに、がんばれというだけでなく、この子達が就職する頃には、仕事を見つけられる社会、経済を良くしなければと決意する、親父です。
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3月は少し悩ましい。
自分の娘が卒業を迎えるというのに、思いはPTAの組織のこと。
定例の役員会が終わり、現在の役員の皆さんはとりあえず、任務終了である。
しかし、会長と副会長は5月の総会までが、忙しくなる。
一番の仕事は、言うまでもなく、後任の人選をしなければならないことと、次年度の予算をつくることである。
予算は何とかなるにしても、後釜の会長を誰に依頼するのか。どこのPTA組織でも同じ悩みだと思うが、これがなかなかすんなり決まらない。
確かに、会長を担うことは大変な重荷であることは承知であり、誰でもできることでもない。しかし、誰かがやらなければ組織は進まない。
先日、唯一あてにできる人物を説得するために、副会長2人で居酒屋で懇談をした。
決して、断りの状況ではないが、彼も小学校のPTA会長として後任に会長を譲るためには、自分が副会長に残らざるを得ない状況だという。
ああ・・・人選作業は振り出しなのか。
私には一つのこだわりがある。石田中学校の在校生の8割を占める小学校からPTA会長を出した方が、運営上も活動ももっと活発になるはず。(勝手な決めつけ)
もちろん、出身校とリーダーシップは別物であるが、これほど人を集めづらい組織もない。せめて人脈が活用できる人はラッキーなのである。
総会が近づくにつれて、憂鬱になる今日この頃である。
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苦肉の策で発行した会長通信でしたが、意外に好評で気を良くしています。
おだてられると、木に登るタイプなので、第2号を発行しようと思っています。
1号の全文は、1月26日のブログをご覧下さい。
発行した、その日にメールで、「すばらしいPTA新聞ありがとうございます。私たち副会長も、会長を見習ってがんばってみます」と、副会長から。
スーパーで買い物中に、「顔も知らないお母さんから、通信見ました」と声を掛けられたり、市役所では「私の子も発達障害です。すばらしい報告を見て嬉しくなりました。家の壁に貼ってあります」とこれまた保護者の母親からの声かけがありました。
この経験から、やはり、PTA活動に広報は必要だということを改めて認識しました。
PTAの広報部に人が集まらないのが、悩みですが、やればやるほどやりがいがあり、重要な活動です。
ということで、任期が切れる新年度は、顧問として残って、広報部の建て直しを行おうかなと、個人的に思っているところです。
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PTA九州熊本大会報告 石田中.pdf
石田中PTA広報部が部員不足で、機能しない状態です。
しかたなく、PTA会長通信という形でチラシを作成しました。
第1号ですが、これで終わるかもしれません。
内容は、10月30日の、九州ブロック熊本大会への参加報告です。
私の参加した、特別分科会。「テーマは今、親がなすべきこと」で、特別支援教育の内容を知って、発達障害について理解を深め、親や教師・地域がそれぞれの役割をが果たすことでした。
記念講演とシンポジウムの中身について、詳細はPDFファイルでご覧下さい。
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11日の成人の日にあわせ、10日は那覇市内各中学校区で実行委員会による成人式が行われた。石田中校区は、177名の新成人を迎えた。
全国に名を馳せている、暴走族の特攻服ばりの派手な羽織袴姿は、相変わらずだが、年々新成人の数が減少するのに合わせて、式そのものもおとなしくなっていて、気になるところです。
もちろん、新成人たちがばらばらになっている状況で、実行委員は大変だと思うが・・・
写真の獅子舞は、地域自治会の上間伝統芸能保存会の獅子舞です。大人になって地域の行事や発展のために戻ってきてほしいという願いがこめられています。
厳しい時代に巣立つ新成人たち。すこし同情したくなることもあります。しかし、全てを社会や人のせいにしても、未来は開けないことも事実です。
大きく日本全体・世界に目を向けてがんばってもらいたいです。
来年は、自分の息子も成人を迎えます。みんながんばれ。そして人間として大きくなれ。
がんばりすぎたときは、沖縄に、親の元に休息においで。
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那覇教育の日、関連事業の那覇市内小中学生による旗頭の競演、見てきました。
天気は良いが、あいにくの強風で、倒れる旗頭続出でした。
我が石田中の生徒達も悪戦苦闘しながら、元気に旗頭を演舞していました。
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前回は、大会に参加したまじめな報告でしたが、分科会終了後に短時間の自由行動で、熊本城を見学してきました。
この日は運よく8時まで開城してライトアップする日で、8時まで入場できる上、5時からは400円の入場料が200円でした。
開城から400年、歴史を刻んだお城は、再建で一部コンクリートでできていても、非常に荒々しくも戦国時代から江戸時代を髣髴させる佇まいでした。
雄大な規模と苔むした城内を歩くと、かつて武将達が歩いたであろういにしえの、記憶がよみがえるようで、さすがは、3大名城に恥じない威容でした。
写真は、出迎えてくれた「武将と足軽」と記念撮影。ラッキーでした。
帰る時も「忍びが出ている様子、気をつけられたい」と声を掛けてました。
徹底して、役になりきっている。
熊本といえば、タレントの「スザンヌ」さん。観光大使としてかなり貢献しているようで、沖縄にもほしいなと思いました。
お母さんが経営するスナックも大繁盛で、行列ができていて入れませんでした。
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30日から1泊2日で、九州ブロックPTA研究大会・熊本大会に行って来ました。
「かけがえのない子どものために、今、大人がすべきこと」がメインテーマでした。
私は、石田中学校の代表として、特別分科会に参加してきました。基調講演は熊本県知事の蒲島郁夫氏で、テーマはご自身の生い立ち・人生経験から導き出された、「夢と教育」という講演でしたが、非常に感銘を受けました。
蒲島郁夫氏の話によると、自分は勉強嫌いだった。小中高とほとんど勉強しなかった。いつも好きな本ばかり読んでいた。夢だけは何故か持っていて、①阿蘇の麓で牛を飼うこと②小説家になること③政治家になること。の3つが夢だった。
とりあえず高校を卒業すると農協に勤め、農業研修生として渡米。その経験からアメリカのネブラスカ大学にはいるために、牛乳配達を半年間やった。片道切符の渡米で、大学の試験を受けに行ったが、失敗した。しかし、帰る訳にも行かないので、必死に頼み込み、半年間の仮入学を許可され、猛勉強した。その時に思ったことは、農業に比べて、勉強は何て楽なんだろうということだった。その後はトップクラスの成績で奨学金ももらえた。大学を卒業にあたり、政治家の夢を志すために畑違いのハーバード大学の政治経済博士課程に挑戦。論文を仕上げて卒業。故郷日本の筑波大学教授として帰国。更には東京大学教授として迎えられた。ついには、熊本県知事として政治家の夢も達成した。
「どんなにきつい仕事でもその先に光(希望)があれば我慢できる」だから挑戦するんだ。氏は私たちに4つのメッセージを残しました。
①人生の可能性は無限大・・・子どもに失望するな
②逆境の中にこそ喜びがある。
③夢を持つことの大事さ
④夢に向かって歩き出したら120%の努力をすること
学歴もない裸一貫から夢を実現した人の話は説得力がありました。
その後のシンポジウムは、「特別支援教育の現状と課題。啓発活動と親のすべきこと。」と題して報告がありました。
この間特殊教育から特別支援教育に変わったこと。その意味・意義について勉強しました。アインシュタイン・野口英世・エジソン・スピルバーグ監督・トムクルーズ
など、発達障害だったことが知られています。
しかし、その才能と可能性を親や周りの人が見出して、支援すれば必ず開花することが可能だということを、これらの天才達が証明しています。
今までの教育は、集団の中で平均的にできる子を育てる教育だった。特別支援とは、普通でない子に対する教育という風に考えると理解は進まない。全ての子に最良の教育と環境を保障してあげるという考え方で進めることが重要だということでした。
普通だと思っていた子が突然、不登校になり引きこもりになるケースもあり、原因が良くわからないこともあります。「自分の子に限って」と発達障害を認めたくない親の心理も働いて、診断がつかないケースが多くあり、その子にとって何が相応しい学びなのか、なにかのきっかけをつくり、改善させていくことだと強調がありました。一人ひとりの成長・発達の違いを知り、認め合うことために、障害についての共通理解と啓発が重要であることがわかりました。
那覇市から45名参加して、それぞれ分科会に参加し、交流も行ってきました。
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