ブログトップ > 平和・安保・基地
25日に決議された決議のタイトルは、「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と県内移設に反対し、国外県外移設を求める意見書」である。
我が党県議団はこの決議の持つ意義を大変重く受け止め、全会一致の決議になるために、異例の問題点を指摘しての賛成という討論をして賛成をした。
もちろん、我が党の基本的な主張は、米軍基地は無条件閉鎖・撤去である。沖縄県民の、基地被害を他の県民に押し付けて、問題が解決するものではない。当初は棄権・退場の可能性も含んで、ぎりぎりまでの各会派の調整が行われたものと思う。
しかし、タイトルにもあるように、「県内移設に反対し」という文言が入ったため、この意見書は、限りなく最大多数の県民の意思を政府に突きつける、歴史的な決断であるといえる。
これは、那覇市議会における11月の「県外・国外移設を求める意見書」で市議団が退場、12月の「県外国外移設の早期決断を求める意見書」で我が市議団が反対討論を、したものとは、政治的にも意義が違うことをぜひご理解いただきたいと思います。
けっして、党内で意見が違うことを表しているわけではありません。
この件に関する、我が党那覇市議団の討論は、ブログ上に載せてありますので、ご覧いただきたいと思います。
政府は、相変わらず県内への選択肢を残したままの態度に、多くの県民は怒り心頭である。


名護市長選告示まであと5日と迫った12日、稲嶺ススム総決起大会が、21世紀の森・屋内ドームで行われ、約3000人の支援者が集まった。
「稲嶺ススム」市長予定候補は、「辺野古の美しい海に新基地は絶対に作らせない。信念を貫いて約束します」「名護市民の民意を改めて示そう」と訴え、多くの拍手を受けていました。
稲嶺氏は、さらに「子供を安心して産み育てられる名護市を目指すこと」「基地に頼らない産業振興で、若者に雇用を」「ゴミ問題の解決」などの公約を述べ、支持を訴えました。
我が党は、那覇から2台のバスをチャーターし、決起集会の成功に貢献するとともに、その皆さんが、より緊密な支援をしてもらえるよう、バスの中でも訴えました。
鳩山政権が普天間基地の移設問題の結論を先延ばしにしている中で、地元の市長が基地移設反対の確固とした意思表明、市民が新基地反対の民意を示すことは、その決定に大きな影響を与えるのは、間違いない事実です。
県内・全国の皆さんの物心両面からのご支援をよろしくお願い致します。
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6日、党県委員会の党旗開きに代えて、名護市長選挙の決起集会を開きました。
17日告示の市長選挙を前に、一刻の猶予もないという情勢を受けたものです。我が党としても初めての行動です。
民主党政権が県民世論を受けて、普天間飛行場の県外・国外の移設を公約し、アメリカの圧力に動揺している中で、「絶対に辺野古に基地は作らせない」と公約している「稲嶺ススム」氏の勝利は決定的な移設断念を勝ち取る、絶好の機会です。
沖縄の基地問題を大きく前進させることのできる、この選挙をなんとしても勝利するために、日本共産党が本気で頑張る意思表明の場として、旗開きを決起集会に切り替えました。
全国の皆さんとの連帯があれば、必ず基地問題は前進することは、あの不可能といわれた、祖国復帰・施政権返還が実現したことでも、私たちは体験しています。多くの皆さんが関心を持ち始め、福岡や長野・神奈川などの党組織から、それぞれ30万円を越えるカンパが届いています。ありがとうございます。
その期待にこたえられるよう、明日は名護に支援に行ってきます。
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鳩山政権のアキレス腱になろうとしている、普天間基地の辺野古移設の是非が問われる名護市長選挙の支援に行って来ました。
晦日の沖縄は朝から雨・雨・・
しかし、名護は小ぶりで、濡れるほどではなく、17ポイントの街頭演説ができました。
写真は、「やんばる統一連」の事務所です。全国の皆さんも支援に来ていました。年末なのにすごいです。全国からのカンパの支援もぜひお願い致します。
今年も、たくさんの出来事があり、様々な出会いがあり、選挙も大変でしたが、皆様に支えられて無事終えることができそうです。ありがとうございました。
良いお年を~~!
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2010年1月24日投票の名護市長選挙は、鳩山首相が「移設先は市長選挙の結果を見て判断する」と発言するなど、大きな焦点となっている。しかし、11・8県民大会での県民世論は普天間基地は閉鎖・撤去であり、新基地建設はNOとはっきりしている。
この間、稲嶺氏(民主・社民・社大推薦)は、「辺野古合意案見直し」、その後「県外移設、新政権の新たな動きを踏まえて対応」などという曖昧な態度をとっていた。
しかし、比嘉進氏(市民の会・共産推薦)の出馬表明・県民大会を受けて、稲嶺氏が辺野古への新基地建設反対を表明するようになり、変化が生まれてきた。
共産党県委員会は、その状況を踏まえ「①新基地建設反対、②岸本・島袋市政のブレーンであった経歴を曖昧にしない」という立場を堅持し、かつ「話し合いには応じる」という柔軟な対応をしてきた。
そして今日18日、「稲嶺氏から命がけで新基地建設に反対する」という言明があり、候補者を稲嶺氏に一本化する「覚書」の調印をした。
基地建設反対の候補が一人に統一され、闘いが合流したことは、比嘉靖氏の毅然とした立候補の表明と市民の会の粘り強い闘いの成果である。
我が党は、名護市民とともに市長選勝利に全力を挙げる決意である。
覚書の内容
一、名護市の「閉塞的状況」を打破し、現在の利権にまみれた市政を刷新するため「市民の目線で街づくり」を行い、公平、公正で透明性の高い行政運営を行う。
一、「辺野古、大浦湾の美しい海に新たな基地は造らせない」「名護市に新たな基地はいらない」という信念を最後まで貫くことを市民の皆様に約束する。
立会人、前市長候補・我喜屋 宗弘氏
全国のみなさん、ご支援よろしくお願いします。
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今、沖縄の普天間基地の問題が全国的に話題になる情勢になっています。
一昔前まで「安保条約の是非」がテレビで議論されることなどほとんどなかったのに、
バラエティ番組でも取り上げられるようになった。
安保賛成の人でも、日本の現状・沖縄に偏重している米軍基地は減らすべきと言う。こんなに被害を受けているのに、尚且つ莫大な「思いやり予算」まで提供している。こんなに居心地の良い国はないと思われている。
米国はいかにも、「安保は日本と極東アジアの平和のため」と強調しているが、何でも武力を背景とした外交を有利に進める戦略ための道具でしかないと、私は思う。
11月8日の県民大会の大きな成功に見られるように、沖縄県民は普天間基地は閉鎖・撤去であり、辺野古への移設は反対である。日本のどこかに同じ苦しみを押し付ける気持ちはない。全国の皆さんといっしょに、米軍基地をなくす闘いを交流するシンポにしてほしい。
基地問題シンポジウム
12月5日(土)午後2時
場所 沖縄コンベンションセンター
会費 500円
パネリスト・伊波洋一宜野湾市長、志位和夫日本共産党委員長、仲山忠克弁護士
主催 全国革新懇・沖縄革新懇・沖縄統一連
連絡先 ゆい法律事務所 098-855-7435
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好天に恵まれて暑いぐらいの日差しの中、会場の宜野湾市海浜公園には多くの県民が集結した。
前日には「神奈川県の松沢知事」が米国にわざわざ出向いて、「辺野古の県外移設はむり、辺野古しかない」と県民を冒涜する発言を行い、県民の怒りは沸騰している。
今回の県民大会は準備期間が短かった。しかし何かしなければという多くの県民が集まった集会であることは、会場での募金が250万円という金額に現れている。「政府に県民の声を届けてほしい・神奈川県の松沢知事に抗議しもらいたい」という意思表示である。
嘉手納統合案を強く進めている、下地幹郎議員も意見表明したが、会場からはブーイングで迎えられた。
日本共産党からは赤嶺政賢代議士が、県委員会を代表して連帯の挨拶をした。中央委員会から「市田書記局長・笠井・穀田衆議院議員・仁比参議院議員」が参加し、政党としては一番多くの国会議員の参加でした。
名護市の「二見10区の会」の渡具地さん親子が、豊かな自然が残る大浦湾を埋め立てないでほしいと切実に訴えた。
那覇市議会は、今回実行委員会を結成できなかったが、当日議長をはじめ自民党保守系の議員が10数名も参加し、同じように拍手を送る光景は、時代は明らかに変わり始めたなと大いに感じました。
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真嘉比・古島区画整理事業での、沖縄戦の激戦地の小山から遺骨が多数出土している事をブログで先日書いたが、今日は実際にガマフヤー(壕掘り)、「いわゆるボランティアの遺骨収集団体」、の具志堅さんから説明を受けながら、現場の状況を説明してもらった。
現地にはホームレスの方や失業中のかたなど53名が発掘作業に従事していて、みなさん熱心に作業してました。具志堅さんによると「初めはある程度のリタイアを予想していたが、実際に遺骨が出てくると、もっと埋まっているのではないか、とできるだけ掘り出してあげたいとの気持ちが高まり、充実した気持ちで取り組んでいる」と話していました。
戦後処理としての遺骨を収集することが、失業者の生活の糧になり、しかもそれが人間としての誇りを取り戻す効果をもたらす。非常に晴れやかな話ではないか。
具志堅さんの話は、実に生々しい描写で、戦争の現場を想像させる話だった。鉄兜に頭蓋骨が収まった写真は、メガネもついていた。「骨がばらばらになっていない状態は、肉がついた状態で埋められた証拠です」「弾の薬きょうがかなり出ているが、そのほとんどが米軍のもので、激戦の後米軍が制圧し、その場所から撃ちまくったのでしょう」「米軍は蛸壺などの死体にガソリンなどをかけて燃やしている。腐乱死体が臭いからしたのでしょう。焦げた遺骨も発見されている」などなど。
この悲劇の激戦地が区画整理で跡形もなくなることを、具志堅さんは惜しみ、後世の人々に戦争を伝えるためにも、何らかの形で残してほしいと語っていました。
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来年1月投票の名護市長選挙をめぐる、民主・や革新系市議らの動きが私には理解不能である。
そもそも、稲嶺氏とはどういう政治経歴をとってきたか。「故岸本市長市政の収入役」として辺野古への基地受け入れを推進してきた人物である。
その歴史的事実について、なんら反省の弁もないまま、V字案見直し=県外移設という論理の飛躍にどれだけの説得力を持つのだろう。
マスコミは擁立した県議や市議らの言うまま、「稲嶺氏は「県外移設」を主張している」と報道しているが、本人の口から一度も「辺野古に基地建設反対」とは言っていない。重要な争点であるだけに、マスコミは自身の取材で本人に確認してから報道する責任があろう。
「辺野古合意案を見直し、県外移設を求めていく」というのは、建設反対を表明しているとは全くいえない。
仲井真知事の「県外ベスト、県内やむなし」という姿勢と変わらず、最後は「苦渋の選択」という落としどころが残された考えである。
それらを考え合わせると、新基地受け入れを表明している現職市長と正面から対決できる候補者はだれか。おのずとはっきりしている。
比嘉やすし氏は、市民投票以来、この13年間一貫して辺野古への新基地に反対してきた。教育者としての評価も高い人物で、基地押し付けのひもつき振興策ではない、名護市が元気になる振興策を進める。
いまの立候補の状況は保守・基地受け入れ陣営が分裂しているのであり、基地建設反対の候補は、比嘉靖氏のみである。革新系市議らが1本化を比嘉氏に要請するのは、筋が通らない。
8年前に市長候補としてがんばった「宮城康博氏」も自身のブログ(なごなぐ雑記)で、この間の候補者選定作業に大きな疑問を呈している。
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2日臨時会で「米軍普天間飛行場の県外・国外移設を求める意見書」が採択されましたが、我が党市議団は、採択に加わらず退場しました。
その理由は以下のとおりです。
「私たち沖縄県民は、米軍基地あるがゆえに筆舌に尽くしがたい様々な苦しみと痛みを戦後64年も強いられています。今回の意見書案は、この基地被害、爆音、そして墜落の恐怖と隣り合わせの生活を、よその住民に押し付け、国民同士を分断し、いがみ合わせることにつながりかねない「県外への移設」を求める内容になっています。ウチナンチュのチムグクル、反戦平和の「沖縄の心」に反するものではないしょうか。」
「沖縄の側から今求めるべきは、世界一危険な普天間基地の即時閉鎖と無条件撤去」ではないでしょうか。今、鳩山政権のもと、米国政府の恫喝で「県内たらい回し」を押し付ける動きが強まっています。今こそ、翁長市長も共同代表を務める11月8日の県民大会の成功が強く求められます。日本共産党那覇市議団は、沖縄県民が政治的立場の違いを乗り越えて、心を一つに一致団結し、日米両政府からの基地押し付けを跳ね返すことの重要性に鑑み、採択に加わらず退場します。
私たちは、普天間の危険を除去するには、県内も県外の移設もない、「閉鎖・無条件撤去」こそが県民世論であると確信します。
日本のどこかに移設すれば解決する問題ではありません。
名護の市長選が来年2月に行われますが、普天間の移設先としての争点ではなく、新基地は沖縄のどこにも要らないという候補者でこそ、辺野古に基地を作らせない、一番の近道でしょう。
名護市長選の三つ巴の状況について、次に書きたいと思います。
写真は普天間飛行場の航空写真で、周りは住宅密集地です。
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