県民大会が行われた25日、もう一つの重要な闘いがあった。
沖縄の第2の都市で、極東最大の嘉手納基地を抱える沖縄市の市長選挙の投開票が行われ、現職の、東門市長が再選を果たした。
この間、各地の革新市政が自民公明の推す候補に敗れるという、全国とはおよそ逆の現象が、この沖縄では起きていただけに、沖縄市は負けられないという瀬戸際の戦いだった。
これで、11月の県知事選の展望を確保できた。
基地を容認してきた自公の知事を継続することが、基地問題の解決をさらに遅らせていることを告発して、なんとしても知事を奪還しなくてはいけないと決意する。
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4月25日の県民大会は、約9万にが結集する歴史的な大会として、成功を収めた。
八重山大会や石垣島大会を含めると9万3千700人だ。
会場の読谷村運動広場には開会2時間前から渋滞が始まり、閉会直前に会場に入る集団など多くの県民が、この歴史的大会に参加しようと努力した。
仲井真県知事がこの種の大会に初めて参加し、決意を述べたことも意義がある。しかし、結局、辺野古への移設に絶対反対とは表明しなかった。主旨はそのことであったが、歯切れの悪さはこの上ない。
県民は、このような県民大会が、これで最後になるような気持ちでいる。いつまで米国の属国のような、卑屈な態度で外交を行い、沖縄県民を苦しめるのか。
今回の県民大会は文字通り、超党派で、「普天間基地の県内移設反対」の1点で共闘して実現した、県知事も参加した初めての大会だ。
この重みを政府・鳩山政権がどう受け止めるのか注視したい。会場での政府要請行動などの資金カンパは500万円に達した。
県民大会に志位委員長と市田書記局長が揃って参加したことも、非常に際立って我が党の沖縄の基地問題を重視していることが伝わった。志位さんは常に記者に囲まれて、写真を撮られていた。
沖縄に住む一般の米国人もプラカードを持って参加していた。
大会が終わって、地元に戻るまで2時間半もかかるほど、幹線道路の渋滞は大変でした。
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