ブログトップ > 遺骨収集・ガマフヤーの話を聞いてきた

遺骨収集・ガマフヤーの話を聞いてきた

2009年11月 6日 22:31平和・安保・基地

IMG_2092_edited_1_1.jpgIMG_2088_edited_1.jpgIMG_2087_edited_1.jpgIMG_2082_edited_1.jpgIMG_2079_edited_1_1.jpgIMG_2078_edited_1_1.jpg 真嘉比・古島区画整理事業での、沖縄戦の激戦地の小山から遺骨が多数出土している事をブログで先日書いたが、今日は実際にガマフヤー(壕掘り)、「いわゆるボランティアの遺骨収集団体」、の具志堅さんから説明を受けながら、現場の状況を説明してもらった。

 現地にはホームレスの方や失業中のかたなど53名が発掘作業に従事していて、みなさん熱心に作業してました。具志堅さんによると「初めはある程度のリタイアを予想していたが、実際に遺骨が出てくると、もっと埋まっているのではないか、とできるだけ掘り出してあげたいとの気持ちが高まり、充実した気持ちで取り組んでいる」と話していました。

 戦後処理としての遺骨を収集することが、失業者の生活の糧になり、しかもそれが人間としての誇りを取り戻す効果をもたらす。非常に晴れやかな話ではないか。

 具志堅さんの話は、実に生々しい描写で、戦争の現場を想像させる話だった。鉄兜に頭蓋骨が収まった写真は、メガネもついていた。「骨がばらばらになっていない状態は、肉がついた状態で埋められた証拠です」「弾の薬きょうがかなり出ているが、そのほとんどが米軍のもので、激戦の後米軍が制圧し、その場所から撃ちまくったのでしょう」「米軍は蛸壺などの死体にガソリンなどをかけて燃やしている。腐乱死体が臭いからしたのでしょう。焦げた遺骨も発見されている」などなど。

 この悲劇の激戦地が区画整理で跡形もなくなることを、具志堅さんは惜しみ、後世の人々に戦争を伝えるためにも、何らかの形で残してほしいと語っていました。

ブログランキングに参加中です。
            応援クリックよろしくお願いします→「にほんブログ村

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 遺骨収集・ガマフヤーの話を聞いてきた

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://pro-blog.jp/mt/mt-tb.cgi/340

コメントする

プロフィール

我如古イチロー
沖縄県那覇市議会議員
1958年 那覇市真地生まれ
「市民が主人公」をモットーに活動中

»プロフィール詳細

2010年4月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
  • カウンター 総訪問者数 20211 人
(2008年5月12日〜)